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ささやかな平穏

「…っだあ?!さむっ!!」一体これはどうしたことだ、と男は辺りを見回した。  目に飛び込んでくるのは雪、雪、雪。辺り一面の銀世界。 おまけにご丁寧に吹雪いている。 ここは何処かの山間部のようだ、と彼は理解した。「なんで俺はこんな所にいるんだ…」吹雪に見舞われ、盛大にくしゃみをすると男は頭をガリガリと掻く。「俺は死んだはずじゃなかったのか…?」冥界で。嘆きの壁で。女神の聖闘士として。 女神の聖闘士の中でも最強を誇る12人の黄金聖闘士として。陽の光が届かない冥界の最深部、ジュデッカ奥にある冥界と浄土の境界線。嘆きの壁を破壊し、後継者である青銅聖闘士達をその先に進ませるために。  かつてはアテナに歯向かい、教皇の…サガの元に与し己の聖闘士としての在り方に聖衣に見放されながらも、冥界では地上の為に聖衣を纏い、黄金聖闘士全員で一丸となり己の命と全小宇宙を懸け見事陽の光に匹敵する一撃を起こしそれを打ち破った。 そこで役目は終えたはずだ。肉体も消滅した。 だのに、何故いま自分はこんな場所に居るのだろうか。デスマスクは本日二度目、大きくくしゃみを放った。何故だか聖衣はパンドラボックスにしまわれており、彼はトップスにノースリーブを着込んでいたのだ。寒さに打ち震えるなという方が無理である。「…ここにいても仕方ねえな…」ぶるり、と大きく体を震わせデスマスクは何処か風がしのげるような場所は無いかと辺りを見回す。が、しかし身を寄せられそうな場所は見当たらなかった。  その時。「…君は相変わらず、見ていて飽きないな」「!?」デスマスクの背後から声がかかった。 馬鹿な。さっきまで自分の背後には誰も居なかったはず。 彼は慌てて振り向けばそこにはかつての同僚が佇んでいた。「…!!アフロディーテ…!」 なんでお前がここに…!と言わんばかりにデスマスクは彼を指さし大いに慌て。「また君と一緒とはね…」こちらを指さすのではないよ、と軽く嗜めつつもアフロディーテは己の髪をひと房つまみ、くるりと指先を動かす。「腐れ縁もいいところだよ…」はあ、と溜息を零しながらアフロディーテはデスマスクをちらりと見やった。彼、アフロディーテもデスマスクと同じように聖衣はパンドラボックスにしまい、私服姿な出で立ちであった。「それはこっちの台詞だ!」指を相変わらず差し向けたままデスマスクは腕を勢いよく上下に振る。そんな彼を横目にとらえながらアフロディーテは我関せずに『この気候は故郷に似ている』とぼそりと呟いた。「あ?」「確証はないから何とも言えないけれどもね」それに、アテナとは別の何かの力を感じる。ここで問答を続けていても埒が明かない。今ここで何が起きているのか、なぜ地上に居るのか。それを探るために人気のある場所に移動しよう、とアフロディーテはデスマスクに提案すれば彼もその案に乗り。 雪深い山間部を抜けるために二人連れだってその場を後にした。  暫く二人で無言のまま、パンドラボックスを背負い山道を只管に歩み続ける。すると、俄かに空が晴れだした。吹雪がひとまず落ち着いたようであった。遠くを見れば、壁のようなものが見える。どうやら人里まで近付いていたようだった。デスマスクとアフロディーテはお互いに顔を見合わせ頷くと、その場所を目指して再び歩みを進めた。  辿り着いた先はかなり大きな街のようで。遠目に見たものはどうやら街を取り囲むように張り巡らされた壁のようだった。城壁、といったところか。 小高い場所には何やら厳かな建物が見える。聖域とはまた違った趣ではあるが、その建物の方角は何やら神聖なものを感じる。城下町なのか、それなりに活気づいているように見受けられた。 「…なんだぁ?ここはやけに賑やかじゃねーか」街の中には雪が積もっている気配も見えない。一体どうなっているんだ?とデスマスクは首を傾げた。外は一面銀世界であったのに。「…不思議な事もあるものだな」デスマスクの疑問に続くかのようにアフロディーテは辺りを見回した。  その言葉の通り、辺りには市が立ち並び買い物をする人々であふれかえっている。若干の寒さはあるにせよ、吹雪に遭う事もないためか買い物客たちの表情はどことなく明るいものだった。 広場の先には家屋が立ち並び、所々に商店の看板が見える。バーの看板もあれば何軒かの宿屋もあった。自分達が辿り着いた場所は、何処かの街の目抜き通りのようだと二人は察したのだった。  二人はそれぞれ、別々の宿屋に部屋をとり荷物を置く。二人同じ宿屋に泊まればいいものだが、それぞれの好みが合わず、また、同じ部屋をとるのもお互いの行動が筒抜けになるのが嫌であったため。それぞれ近場ではあるものの別の宿屋に滞在することにしたのであった。 何故だか蘇った今。以前はアテナの兄アベルや冥王ハーデスの走狗として再びこの大地に生を受けた。だが今回ぐらいは自由に過ごしたい、そう思っての事だった。  一先ず荷物を置き、物見遊山に出ようとデスマスクは部屋を後にした。のらりくらりと街並みを眺めつつ、ここは何処だろうかと辺りを見やる。すぐそばで子供の甲高い声が聞こえた。 きゃいきゃいとはしゃいでいる声。良く見れば年端もいかない幼子たち。屈託のない笑顔で駆け回っている。「……」そういえば、昔は何の迷いもせず任務の障害になる女子供を葬ったなあ…などとデスマスクはぼんやり考え事をしながら子供たちの方を眺める。  その先には、花屋なのだろうか。色とりどりの草花が軒先に飾られ、うら若い乙女が店番をしているのが見えた。「こーら、あんたたち?あまり遠くまで行くんじゃないよ?」「はあい!」店番の少女が声をかけると子供たちは元気よく返事をし、店先に戻って行った。どうやら家族のようだとデスマスクは理解した。 蘇る前までは殺伐とした戦場にいたデスマスクとしては、この場所は自分にとっては場違いのように思えてきて珍しく顔をしかめる。「…なに柄にもない事考えてんだか、俺は…」デスマスクは自嘲を漏らすと再び歩き出そうとしたその時である。  ドンッ!!「のわっ?!」何かがデスマスクの足元にぶつかったのだった。思わずデスマスクはのけぞる。良く見るとそれは、先ほど駆け回っていた小さな子供たちの中の一人だった。どうやら兄弟で遊んでいたらしく、軒先から幼子たちが集まってくる。「どこまで逃げてるんだよお」「鬼ごっこだからってこんな遠くまで来ちゃねーちゃんが怒るぞ?」などと思い思いに、ぶつかった小さな男の子に声をかける。「…おい。お前ら。人にぶつかっておいてその態度はなんだ」自分の足元ではしゃいでいる子供たちに、今まで自分が手にかけた子供たちが脳裏を過り。幾許か気持ちが揺らぎつつもデスマスクは子供たちに諭すように声をかける。と、彼のそんな表情が怖かったのだろうか。ぶつかった男の子は眉根を下げしょんぼりとしていた。「ご、ごめんなさい…」少年が謝るとその子の兄弟たちも口々に謝罪する。最後に現れたのは店番をしていた少女であった。「すみませんお兄さん。ほーら、あんたたち。もう一度ちゃんと謝りな?」年の離れた兄弟なのであろう。少女は弟たちの頭を優しく撫でると少年たちをデスマスクに向き合わせた。「ごめんなさい」「…いいってことよ。俺も悪かったな」デスマスクがそう言うと子供たちは表情をぱあっと明るくする。妙な気分だ、とデスマスクは内心戸惑った。 自分はかつては何の迷いもなく女子供でも容赦せず任務を全うしたのだ。だが、今は任務外。任務を阻むものでもないからこう思えるのだろうか。 子供たちの屈託のない態度を見てデスマスクはこっそりとため息を漏らした。 「お兄さん、この辺りでは見かけない顔だね?」デスマスクの気持ちの変化など知る由もなし。少女は彼の顔を覗き込んだ。「この辺りに越してきたばかりとか?」商売柄、この辺りのお客さんは顔覚えちゃってるからさ、と少女ははにかみながらも言葉を続ける。「ワルハラ宮のお膝元のこの街は住みやすくていいでしょう?」口を閉ざしたままのデスマスクに彼女は笑顔を向けた。「ワルハラ宮…?するってえと、ここはアスガルドなのか…」デスマスクはぼそりと疑問を口にした。  アスガルド。アテナとは別の、北欧の神・オーディンの管轄。その神の地上代行者が統治する土地。なんでまた自分はそんなところに蘇ったのだろうか。デスマスクは少女からもたらされた情報に眉根を寄せた。 「今はアンドレアス様のおかげで吹雪も街に入ってこないし、なんといってもユグドラシルの恩恵もあるからね。ほんと住みやすくなったよ?」デスマスクの小声での独り言は聞こえなかったようで少女は変わらぬ笑顔で言葉尻を終えた。「へえ…そいつは良かったじゃねーか」デスマスクは情報を得るために、少女の話に合わせる。 アスガルドの地上代行者はヒルダと言う人物であると以前何かで聞きかじってはいたが。何かあって代替わりしたのだろうか、とデスマスクはそれとなく探りを入れる。すると返ってきた言葉は意外なもので。「あたしも詳しくはわからないんだけれどもね。なんでも、ヒルダ様は急なご病気だとか。今はワルハラ宮で療養されているんじゃないかな?」彼女はそう答えると急に咳き込んだ。「ヘレナおねえちゃん…!」子供たちは心配そうに姉を見詰め。「なんでい、嬢ちゃんも具合悪そうじゃねーか」デスマスクは咳き込む少女の顔を覗き込む。みればどことなく顔色も悪い。「…けほっ…。ん、大したことじゃないよ、昔からだからさ」一頻り咳き込んで息を整えるとヘレナは「大丈夫大丈夫」と弟たちを慰める。その力ない笑顔にデスマスクは決まりが悪そうに頭を掻く。「…嬢ちゃんの家まで送ってやらあ。…おう、ちびども、案内しな」「え、ちょっと…!」ヘレナという少女はデスマスクに抱きかかえられ、『そんな気を遣わなくてもいいから』と慌てふためいたがデスマスクは意に介さず。 「いいってことよ。病人は大人しくいう事を聞くもんだぜ」飄々とした態度で彼女を家まで送り届けたのであった。  街の広場から少し離れた場所で出会った少女、ヘレナの自宅を目指してデスマスクは幼子たちに道を案内させる。咳き込み体力を消耗した為かヘレナは大人しく彼の腕の中に身を預けていた。まだ時折咳が出て些か苦しそうでもある。そんな彼女を案じ、幼い兄弟たちはデスマスクの前を先陣切って案内していた。  辿り着いた場所は、彼女が店を出していた場所からそう遠くはなかった。「おにいちゃん、ここだよ!」「ヘレナおねえちゃんだいじょうぶ?」兄弟たちは姉を心配しデスマスクの足元にわらわらと集まりだす。当のヘレナはと言えば、幾分咳も落ち着いたのか、呼吸もしっかりしている。顔色も先程よりは良くなったようだ。 デスマスクはほっと息を漏らした。と同時に、自分の心境の変化に気付く。 今までこんなふうに他人を心配することなど無かったのに、どういう風の吹き回しなんだ…と自分自身に対して戸惑いを覚えた。任務の障害になる様なものは女子供でも容赦なく葬っていた自分が、なぜ今こんな事をしているんだ。そうも思った。何度も蘇り気性が丸くでもなったのだろうか。そんなつもりはこれっぽっちもないのだが。デスマスクはそんな事を考えながら、ヘレナを室内に運び、その場にあった椅子に座らせた。「おう、嬢ちゃん。咳もおさまったようだな」顔を覗き込み、熱は無いかと自身の掌を彼女の額にあてがう。自分の体温と比べてそう大差はないようだ。熱は無いようである。「風邪か?」ヘレナの正面に椅子を置き、そこにどかりとデスマスクは腰かけた。「…昔からこうだったからね。風邪ではないんだよ」苦笑しながらもヘレナは問いに答え、傍に寄り添っている兄弟たちの頭を優しく撫でた。年の離れた子供たちはそんな彼女を気遣うようにコップに水を汲んで手渡す。その風景にしばしデスマスクは見入り、ふとあることに気付く。「…そういや、嬢ちゃんとこは親はどうしたんだ?」まだ日も明るい時分だ。母親位は家に居ても良いものだがと考えていたのだが彼女らの親の姿が見当たらない。共働きなのだろうか。「へ?ああ…。アスガルドは前までは厳しい気候だったんだ。それで、両親はずいぶん前に…ね」そういうと彼女は少し悲しそうに俯き、目を閉じた。「…そうか。そりゃ、すまねえことを聞いちまったな」悪い、とデスマスクは彼女から視線を逸らしバツが悪そうに頭を掻いた。「いいよ、気にしてないから。それに…」そう言うと彼女は目を開け、兄弟たちを見回し「私は一人じゃないしね。弟や妹がいてくれるから」寂しくなんかは無いよ、と芯の強さを見せた。「…けどよお…、その…大変じゃねえか?」あまり丈夫でもないんだろう?とデスマスクはヘレナを見詰める。「大変と考えたことは一度もないかな…?」みんなで協力し合って暮らしてるしね。こう見えても、弟たちも店を手伝ってくれてるし。  と、彼女は誇らしげに弟妹達を見回しにこりと笑んだ。その光景がデスマスクにはやけに眩しく感じられ、その笑顔を直視する事が出来ずそっと視線を逸らしたのだった。「…ありがとね、お兄さん。助けてくれて」「…よせやい、そんな改まるほどの事はしてないぜ」デスマスクは妙に気恥しくなり慌てて椅子から立ち上がる。そして、長居しても悪いからと戸口まで歩き出した。「そんなことないよ、本当にありがとう」ヘレナはデスマスクに続いて立ち上がると、玄関先まで彼を見送る形になった。「機会があれば花屋に立ち寄ってみるさ。しばらくは街にいるしな」またな、とデスマスクは肩越しにヘレナを見やり、体、大事にしろよと声をかけるとそのまま街の目抜き通りへと向かっていった。 「…あ」その後ろ姿をただ見送るしかなかったヘレナは、彼の名前を聞くのを失念していたことに気付き声を漏らす。「…また会ったらその時に聞こうかな」ぽそりとそう呟いて、弟妹が待つ室内に身を翻したのだった。  時を同じくして。近くを物見遊山していたアフロディーテはある一軒家から出てくるデスマスクを遠目に見つけたのだった。「…?」不思議に思いこそりと様子を伺うと、どうやら誰かを助けでもしたのか。あのデスマスクが他人を気遣う素振りが見えた。「……珍しい事もあるものだな」詮索するのは野暮と言うもの。アフロディーテは特に気に留める事もなくその場を素通りすると、広場に向かっていった。 「…おや、デスマスクじゃないか」「…なんだ、お前か」広場に戻った二人は丁度鉢合わせ。日も暮れてきたことだしと食事でも摂るかと一件のバーに足を踏み入れる。 そこでは街の住民が一日の疲れを削ぎ落としにお酒を飲んだり、料理に舌鼓を打っていた。店内の一角では、賭け事もあるようでポーカーを楽しんでいる男たちもいる。「お、こいつは良い店を見つけたな」デスマスクは表情を綻ばせ手持ちの少ない資金でポーカーに参戦してしまった。「…全く。しょうのない奴だな君は」そんなデスマスクを尻目にアフロディーテは料理をオーダーし、齎されたそれを一口頬張る。「…おや、これはとても美味しいではないか」故郷の味を思い出すよ…と素直な感想を漏らす。「お?そうかい?そいつは嬉しいな。ありがとうよ」店主である男性は満面の笑みを浮かべアフロディーテに笑いかける。「ああ。とても気に入った。この街に滞在している間はご主人の店で食事を摂らさせて頂くよ」アフロディーテも店主に対し本心からの笑顔を向けた。暫く店主と談笑を交わしているとそこにデスマスクが満面の笑みでアフロディーテの正面の席に腰掛ける。その手には小袋が握られていた。大方、貨幣が入っているのだろう。「…成果は?」「へっへっへ、今日はついてるぜ、上出来だ」デスマスクは上機嫌でアフロディーテの問いに答えた。「…一体どういう風の吹き回しだい?」蘇った直後に賭け事とは…と、口には出さず、視線で投げかけながらも真意を聞こうと更にアフロディーテは言葉を続けた。「…ちょっとな」野暮用があってな、とデスマスクがこたえれば、ふうん、とアフロディーテは目を閉じる。広場でかち合う前のあの家に何かあるのか、と彼は察しそれ以上追及するのをやめたのだった。「おーい!おやじ!俺には酒くれー!」「お、ちょっと待ってな」店主は笑顔で応え、ジョッキに並々とビールを注いでデスマスクの元へと差し出した。「っかー!美味い!」「そいつは良かった。ゆっくりしとっとくれ」久々に味わうアルコールにしみじみとデスマスクが呟く。聖戦が起こってからというものの、こうして気晴らしをすることも久しくなかった。「…あー…。この街は良いな」デスマスクはぼそりと呟くとグラスの残りを静かに飲み干した。「…そうだね」アフロディーテも素直にその意見に賛同する。するとデスマスクは意外そうな顔を見せ「素直になるなんて珍しいな」とアフロディーテをからかった。「失礼な奴だな君は。私はいつも自分に正直なだけなのだが?」「へーへー」久方ぶりの休息に、二人とも年相応の同僚としてのソレにもどり杯を交わし、お代を店主に手渡すと店を後にしたのだった。  店を出た直後。「おや?宿はそちらの方角ではないよ?」デスマスクが宿屋街とは違う方向に足を運びだしたことに気付きアフロディーテは声をかける。「…いいんだよ。ちょっと用事があってな。すぐ戻る。お前は先に宿に戻ってろ」「…ふうん?」ああ、野暮用と言っていたやつか、と察し、後をつける事もなくアフロディーテは自分の部屋へと戻ることにしたのだった。  翌日から、二人はそれぞれの方法で今自分たちは何故ここにいるのかを調べる為に動くのだった。アフロディーテは街並みを散策し、人々の様子を探る。対してデスマスクはと言えば酒場で日も高い時間から賭博に興じている。ポーカーを興じながらデスマスクは巧みな話術で対戦相手から街の様子を聞き出していたのだ。 それによれば、このワルハラ宮お膝元の街だけでなく、地上代行者のヒルダから代替わりしたアンドレアスの統治になってからというものの、アスガルドではユグドラシルを覆っていた氷が解け緑が増え、雪におびえる事もなくまた、作物の実りも良くなってきたという。「アンドレアス様様だよなあ…暮らしやすくなったもんだぜ」そう本音を零す男も居たぐらいだった。アンドレアスの統治になってからまだ日も浅いらしいというのに、住人の評判は上々のようだ。「へえ…。たった短期間でこんなに住人から評価を得られるたぁねえ…」何かうまくいきすぎているような気もするが、とデスマスクは思案しつつも言葉には出さず、戦果もそれなりに貯まったのでその場を後にした。 気付けば辺りは既に薄暗い。頃合いか、とデスマスクは宿には戻らずある方向へと足を向けていた。 それは先日知り合ったヘレナの家の方角だった。軒先に店を出している彼女だが、この時間ならもう自宅に戻っている頃合いだろうとデスマスクはふんでいたのだが、その読みは当たっていた。 微かにだが戸外から幼い子供の声と、彼女の声が聞こえる。時折咳き込んでは、弟たちが心配そうにしている声が聞こえた。「……」デスマスクは手元にある小袋を無言で見詰めると、タイミングを見計らって小袋をドアの下にどさりと音を立てて置き、そのまま足早に物陰に隠れた。 暫くして、音に気付いたのかヘレナは戸を開ける。そこにはコインが詰まった袋が置かれていた。「…一体誰なんだろう…」辺りを見回してももはや人影はなく。ヘレナは誰かもわからない姿のない送り主に一礼すると屋内に戻って行った。「ヘレナおねえちゃん、それなあに?」「おさけくさい…」「おさけくさいふくろのひと、だれだろうね?」小さい子供たちは口々に思い思いに喋りだす。時々お金が届けられることに不思議に思った子供たちは、無邪気に想像した人物像を語りだす。「さあ、誰だろうね?でも…いつか恩返ししないとね」弟妹達の様子に少し苦笑しつつもヘレナはもう寝る時間だよと促した。 暫く物陰で様子を伺っていたデスマスクは、自分であることに気付かれていないことに安堵するとヘレナ宅を後にし、宿へと戻って行った。 ...
2022年5月29日Novel二階堂悠理
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bath time

 風呂に入りたい。風呂風呂風呂。風呂に入りたい。ぶつぶつ繰り返しながら、眉間に溝を掘っている。やばい、やばすぎる。 何がやばいというのか。それは…。 女神が守護するここ、聖域にて教皇補佐を務めている黄金聖闘士ジェミニのサガが。教皇の間でここ1週間は執務に明け暮れており、休息も満足に取れておらず彼の大好きな入浴タイムが取れないほどの修羅場の日々を送っているからである。 「…なあ、かなりキテないか…?サガ…」蠍座のミロは、同じく執務で同席していた水瓶座のカミュにひそひそと話しかけた。「……ああ…」カミュは、ミロの話に付き合いながらも手にはペンを握り。さらさらと軽快に書類に筆を走らせている。 『風呂に入りたい。風呂風呂風呂。風呂に入りたい』とぶつぶつ繰り返しながら、眉間に深く溝を掘りつつ一心不乱に書類を決裁しているのはサガ。そう、ぶつぶつ独り言を繰り返しながら執務を執り行っているのである。それははたから見れば異様な光景であった。 「…やばすぎるよな…。精神的に結構キテル…」「…ミロ。お前も少しは書類の決済を進めたらどうなのだ」カミュははあ…とため息を一つつく。「サガを気遣うのであれば、我々も黙々と執務をこなすべきだ」「そうだけどさあ…!なんていうか…そろそろ出てきちゃいそうじゃないか?」「……?」何が…?と言いたげにカミュはミロを見やる。「……あ」ミロはというと、こっそり観察していたサガの様子が更におかしくなったのに気付いて間の抜けた声を出していた。  サガの髪先が黒く染まりかけているのである。「…まずい…」ミロとカミュは同時に同じことを思っていたが後の祭り。 「…ええい!やっておれぬわ!!教皇シオンはどこに逃げおったのだ!!」ダンッ!!!!! 髪が真っ黒に染まり、目が充血したサガは態度が豹変していた。かつて聖域を謀っていた時の人格が降りてきてしまったのである。 大方、オーバーワークにより普段のサガの人格はダウンしてしまったのだろう。無理もない。聖域全体の執務・書類の決裁をこなしていたのだ。補佐故、雑務もありシオン教皇の作業量を上回る量だ。 「おのれ…かくなる上は…!」ぎりりとこぶしを握り締めサガは歯噛みする。「さ、サガ…!!何を…」不審な素振りを見せる彼を見てミロは慌ててサガを止めようと席を立ちあがる。「もう我慢ならぬ!!!私は今宵は自宮に帰る!」そういうやいなやサガは書類をまとめ上げ、急ぎの決裁が必要なものは手に持ち執務室を後にし、十二宮を下って行ったのであった。  その場に取り残されたミロとカミュは唖然としている。「……行ってしまった」「…急ぎの書類は持っていくあたり、律儀というか…」お互いに顔を見合わせながらも、シオンに再び謀反を起こすわけではないしととくに咎める事もなく、自分たちも残務処理を済ませて早く自宮に戻れるようにとペンを走らせる作業に戻って行った。 了。 2015年4月15日 初出Twitterのハッシュタグ #フォロワーさんに書き出しの一文をもらって文章を書くというものに参加しプライベッターに公開後pixivにサルベージしていた短編になります。フォロワーさんから頂いた書き出しの一文は「風呂に入りたい。風呂風呂風呂。風呂に入りたい。」でした。
2022年5月29日Novel二階堂悠理
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2つの面を持つ男

 オイラ、アッペンデックスの貴鬼。 普段はジャミールってとこで、ムウ様の元で聖衣修復の修行してるんだ。今は聖戦も終わって、難しい事はまだ良く分かんないけど、平和になって。地中海沿岸に位置するギリシャにある、聖域の白羊宮で日々ムウ様から師事を受けてるんだ。でも、平和になった…のかなあ? ムウ様の所に、頻繁に修復依頼が来るんだ。  誰のが一番多いかっていうとね? 「…すまない、ムウは居るか?」あ、ご本人のお出ましだ。「ムウ様なら今は外出中だよ?」オイラは、申し訳なさそうに白羊宮の私室に入ってきたサガにそう答えた。「そうか…弱ったな」彼は心底そう思ってるような顔をしている。「…また、聖衣の修復?それとも調整?」「…う」そう言うとサガは、言葉に詰まってしまった。  そう。聖衣修復の依頼が一番多いのがこの人、双子座のサガだったりするんだ。ムウ様が「二人とも喧嘩するのも程々にしてもらわないと困りますねえ…」って、なんだか怖いくらいな微笑みを双子座のサガとカノンに向けていたのを見たことがある。  オイラはここに来てまだ日が浅いから、ムウ様と老師以外の人の事は良く分からない。あ、星矢たちは別だよ?星矢たちとはたまに一緒に遊んでるんだ。 ああ、話がそれちゃった。それで…。このサガという人は、以前は二つの人格があったらしいんだ。十二宮の戦いの時には善と悪の心に苛まれていたんだって。 オイラはその怖い方の人格の時のサガには会ったことがないんだけども。星矢曰く。金髪が黒髪に変わった途端容赦がなくて物凄く強かったんだって。ああ、そうだった。小宇宙は感じたことがあったっけ。十二宮で。  …あの小宇宙を感じたときはオイラも確かに怖かったなあ…。ムウ様のそばにいててもとっても怖く感じた。 でも、今はその怖い方…髪が黒くなったサガには会ったことはない。「ねえねえ…オイラどうしても気になるんだけどさ」「…?」オイラは、サガに聞かずにはいられなかったんだ。「……なんで修復や調整が必要になるほどカノンと喧嘩するの?」…単純に、オイラが気になっただけなんだけどね。「ムウ様からこの前、笑ってはいたけどこわーいオーラが出てたよ?」「ぐっ…」痛いところを付かれたのか、サガは言葉が続けられない。「ねーねー、なんでなんだい?オイラ気になるよ~…」サガの足元に歩み寄り、貴鬼は尚も問いかける。サガは長身。188cmもあるため貴鬼は彼を見上げる形になって。 「……他愛もない切欠だ、気にするな」心なしか、サガの口調が変わったように貴鬼は感じた。「…?」どうも様子が変だ。そういえばサガは毎日執務に追われてるとか聞いたことがある。疲れてるんだろうか?  そう思って声を掛けようとしたときに貴鬼は気付いた。――…髪が黒く染まりかけてる。初めて、怖い方のサガに出会った瞬間だった。 「執務で毎夜深夜に帰宅、そこに些細なきっかけもあれば喧嘩など容易く発生もするわ」ドカッ!と。白羊宮に備え付けのソファーに座り込み。 彼は完全に黒髪、目は碧眼が朱色に変わっていた。「…!!」そのオーラに貴鬼は息をのみ。十二宮の時ほどの恐怖は感じなかったがそれでもやっぱり怖さが勝っていた。  ――…どうしよう、怖い方呼びこんじゃったみたいだ まだ幼い貴鬼にはどう対処したら良いかわからずおろおろしていると。目の前のその人は微かに笑み。「……またアテナ等に浄化されてはかなわんからな。安心しろ、手は上げないでおいてやる」そう言い彼はふう…とため息をついた。 「…相当、疲れてるんだね」「まあな。善の方は生真面目すぎるが故に限界に達する。そうなれば私が出るなど容易い事」だから、静かにしていろ。  背もたれに身を預けながらサガは貴鬼に話しかけた。 「双子って、意見が合わないもんなのかい?」「時と場合による。…静かにしていろと言ったはずだが?」ギロリ、とサガは貴鬼を睨み。「静かにしていればじきにサガが目覚める」そう言い、彼はソファーに深く凭れ掛かり。  いつの間にか静かな寝息が聞こえてきた。「………」――…どうしよう、オイラ、ムウ様が帰ってくるまでこのまま怖い方と居る事になっちゃった…。それと、ケンカの理由、はぐらかされちゃった…。 ムウ様、早く帰ってきて~~!と、貴鬼は思わず小宇宙を通して懇願したくなる程になっていた。  その後。暫くして白羊宮に戻ってきたムウは。黒髪になった状態のサガが私室のソファーにて休息をとっているのを見て。「…また、兄弟喧嘩で聖衣の調整依頼ですか…」ぼそりと呟いた。 了。 2014年9月21日 初出この短編はプライベッターに公開していたものをpixivにサルベージしておりました。2014年9月21日にTwitterにて参加した#聖闘士書き手一週間一発勝負 お題『2つの面を持つ男』『地中海』で書いたものになります。今回サイトにサルベージするにあたり、当時のものを読み返してみて誤字や「ここはちょっと違うかな…』と思った部分を修正しました。
2022年5月29日Novel二階堂悠理
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Happy happy Rose day

 草木が芽吹き、風が清清しく薫る5の月。長き冬が終わりを告げ、春が訪れる。そして、花々が芽吹いた後に訪れる初夏の兆し。そんなある日のこと。 「今日は良い天気ね、あの人も珍しく出かけている事だし、日光浴もかねて買出しに行きますか」ここ、ユークリッドにある魔法研究所にて所長である少し気難しい男、クラースを公私共に支えているミラルドはそう呟くと広場へと向かって行った。 空は青々と澄み渡り、小鳥の囀りもどこか楽しげに聞こえてくる。 この時代での戦役は終った。いや、不思議な縁で出合った仲間と共に未来へと旅立ち、そして戻ってきたクラースから全てが終ったことを悟った。話を聞けば、魔王はただ闇雲に戦争を仕掛けていたわけではなかったのだという。魔科学を廃し、ただ、大樹を守りたかった…と。だが、このことを知る者はこの時代には…いや、どの時代にも限られたものしか存在しないだろう。 そう思うとミラルドはやるせない気持ちになるのであった。巡ってきた幾度目かのこの季節。辺りを見渡せば長閑な風景が見てとれる。 「…本当に、良い天気ね…」日差しに目を細め、青空を眺めながらゆっくりと歩を進めると「あら、ミラルド先生!今日はお出かけかい?」どうやら広場に着いていたようで。声の主を見やるとそこには村唯一の花屋の女主が居た。見渡せば店内所狭しといった風情に色とりどりの花々が陳列されている。 「こんにちは。今日は良い天気ですね」色彩豊かなそれに誘われミラルドは店に入ると、バラの香りに胸が一杯になる。「本当に、今日は久方ぶりの快晴だねえ…花も生き生きするってもんだよ」店主はそう言うと大らかに笑んだ。「おかみさん、お薦めのお花は何かしら?」「そうさね…今日はローズデーだからね、薔薇がお薦めだよ。今日は沢山の種類の薔薇を仕入れたんだよ、ゆっくり見ていっておくれよ!」「ローズデー…ここ近年この辺りでも取り入れたという、あの…?」ミラルドが首をかしげながら一人呟けば店主は「そうそう」と大きく頭を振り。「ミラルド先生も、クラースの旦那に花束とかどうだい?」満面の笑みで楽しげに彼女を見やった。「べ、別に、私たちはそんな間柄じゃ…」女主人の薦めに顔を赤らめ慌てて否定をしようとしたミラルドであったが、しばし逡巡した後「…そうね、じゃあ…この薔薇をいただこうかしら」意を決し、彼女は仄かなピンク色が愛らしい中輪咲きのそれを手に取った。「まいど!素敵な1日になることを祈ってるよ」そう言うと彼女は花々を受け取ると慣れた手つきでラッピングを施しミラルドに手渡した。 「おかえり」「ただいま…って、あら、クラース」いつの間に帰ってきていたのだろうか。誰も所内にはいないと思っていたのだが予想に反し先に返ってきたのはクラースの声。さて、いつ手渡そうかとミラルドは迷い戸惑った。「いつ帰ってきてたの?」「ああ、数分前だ。…ん?今後ろ手に隠したのはなんだ?」口数は少なくどことなくぶっきらぼうではあるクラースだが、観察眼は鋭い。椅子から立ち上がると彼は、隠されようとしていたものを見るかのようにミラルドの側に歩みを進める。  その様子に「今しか良いタイミングがない」と察したミラルドは意を決した。それはそれは、普段からはもう想像もできないくらいの鼓動の早さだった。学会での論文発表時以上に緊張しているかもしれない。そう思うほどに彼女は息を呑む。  クラースは目前にまで迫っている。 「…どうしたんだミラルド、大丈夫か?」熱でもあるのか?といった風体で熱を計ろうと彼女のおでこに手を添えようとさらに近付いた。「べ、べつに熱はないわよ、大丈夫。えっと、その…はい、これ」照れ隠しに彼女は慌てて後ずさりした後、クラースの前におずおずと薔薇の花束を差し出した。 「…これを、私に?」ミラルドからの贈り物に目を丸くし、薄いピンク色の花弁が愛らしい薔薇を受け取る。それは仄かに香っていた。その様子に、ミラルドは「…やっぱりクラースには今日が何の日か分からないか…」と思い目線を下げてしまう。それもそうよね、私だけがそう思っていただけなんでしょうし…と思考も徐々にネガティブに。 「…参ったな」一拍置いた後、クラースの吐息がこぼれたのが彼女の耳に入る。やっぱり早すぎたかしら…とミラルドは目を伏せた。「…先を越されるとはな」シチュエーションを色々考えていたんだがなどと独り言が聞こえ、暫くして… 「これを。ミラルド、お前に…」何処に隠していたのか、クラースの手にあったのは、赤い薔薇と白い薔薇…ローテローゼとブライダルホワイトでしつらえた花束だった。「…え?私に?」「…他に誰が居る?」そう言うとクラースは顔を耳まで赤く染め。照れ隠しにそっぽを向いた。 ――赤い薔薇と白い薔薇で構成された花言葉…。確か…花言葉を思い出し、ミラルドも頬を朱に染め、そして… 「…ありがとう、クラース…」花束にこめられた意味に深く感動したミラルドは、溢れる涙をそのままに。 「…おいおい、ミラルド…」ぎゅっと、クラースに抱きついていた。 HAPPY HAPPY ROSEDAY,幸せな1日を。 了。 2012年5月10日初出。5月14日のローズデー用にTOPからノマカプで、クラミラSS。ツイッターでローズデーのことを知り、書いたもの。当時ちょっと甘くしようかと頑張りましたが、どうしてもギャグに落ちてしまいがちですすみません。でもクラースさんとミラルドさんっぽさを感じていただけたら嬉しいです。
2022年5月29日Novel二階堂悠理