Happy happy Rose day

Novel////

 草木が芽吹き、風が清清しく薫る5の月。
長き冬が終わりを告げ、春が訪れる。
そして、花々が芽吹いた後に訪れる初夏の兆し。そんなある日のこと。

「今日は良い天気ね、あの人も珍しく出かけている事だし、日光浴もかねて買出しに行きますか」
ここ、ユークリッドにある魔法研究所にて所長である少し気難しい男、クラースを公私共に支えているミラルドはそう呟くと広場へと向かって行った。

空は青々と澄み渡り、小鳥の囀りもどこか楽しげに聞こえてくる。

この時代での戦役は終った。いや、不思議な縁で出合った仲間と共に未来へと旅立ち、そして戻ってきたクラースから全てが終ったことを悟った。話を聞けば、魔王はただ闇雲に戦争を仕掛けていたわけではなかったのだという。魔科学を廃し、ただ、大樹を守りたかった…と。だが、このことを知る者はこの時代には…いや、どの時代にも限られたものしか存在しないだろう。

そう思うとミラルドはやるせない気持ちになるのであった。
巡ってきた幾度目かのこの季節。辺りを見渡せば長閑な風景が見てとれる。

「…本当に、良い天気ね…」
日差しに目を細め、青空を眺めながらゆっくりと歩を進めると
「あら、ミラルド先生!今日はお出かけかい?」
どうやら広場に着いていたようで。声の主を見やるとそこには村唯一の花屋の女主が居た。
見渡せば店内所狭しといった風情に色とりどりの花々が陳列されている。

「こんにちは。今日は良い天気ですね」
色彩豊かなそれに誘われミラルドは店に入ると、バラの香りに胸が一杯になる。
「本当に、今日は久方ぶりの快晴だねえ…花も生き生きするってもんだよ」
店主はそう言うと大らかに笑んだ。
「おかみさん、お薦めのお花は何かしら?」
「そうさね…今日はローズデーだからね、薔薇がお薦めだよ。
今日は沢山の種類の薔薇を仕入れたんだよ、ゆっくり見ていっておくれよ!」
「ローズデー…ここ近年この辺りでも取り入れたという、あの…?」
ミラルドが首をかしげながら一人呟けば店主は「そうそう」と大きく頭を振り。
「ミラルド先生も、クラースの旦那に花束とかどうだい?」
満面の笑みで楽しげに彼女を見やった。
「べ、別に、私たちはそんな間柄じゃ…」
女主人の薦めに顔を赤らめ慌てて否定をしようとしたミラルドであったが、しばし逡巡した後
「…そうね、じゃあ…この薔薇をいただこうかしら」
意を決し、彼女は仄かなピンク色が愛らしい中輪咲きのそれを手に取った。
「まいど!素敵な1日になることを祈ってるよ」
そう言うと彼女は花々を受け取ると慣れた手つきでラッピングを施しミラルドに手渡した。

「おかえり」
「ただいま…って、あら、クラース」
いつの間に帰ってきていたのだろうか。誰も所内にはいないと思っていたのだが予想に反し先に返ってきたのはクラースの声。さて、いつ手渡そうかとミラルドは迷い戸惑った。
「いつ帰ってきてたの?」
「ああ、数分前だ。…ん?今後ろ手に隠したのはなんだ?」
口数は少なくどことなくぶっきらぼうではあるクラースだが、観察眼は鋭い。
椅子から立ち上がると彼は、隠されようとしていたものを見るかのようにミラルドの側に歩みを進める。

 その様子に「今しか良いタイミングがない」と察したミラルドは意を決した。
それはそれは、普段からはもう想像もできないくらいの鼓動の早さだった。学会での論文発表時以上に緊張しているかもしれない。そう思うほどに彼女は息を呑む。

 クラースは目前にまで迫っている。

「…どうしたんだミラルド、大丈夫か?」
熱でもあるのか?といった風体で熱を計ろうと彼女のおでこに手を添えようとさらに近付いた。
「べ、べつに熱はないわよ、大丈夫。
えっと、その…はい、これ」
照れ隠しに彼女は慌てて後ずさりした後、クラースの前におずおずと薔薇の花束を差し出した。

「…これを、私に?」
ミラルドからの贈り物に目を丸くし、薄いピンク色の花弁が愛らしい薔薇を受け取る。
それは仄かに香っていた。
その様子に、ミラルドは「…やっぱりクラースには今日が何の日か分からないか…」と思い目線を下げてしまう。
それもそうよね、私だけがそう思っていただけなんでしょうし…と思考も徐々にネガティブに。

「…参ったな」
一拍置いた後、クラースの吐息がこぼれたのが彼女の耳に入る。やっぱり早すぎたかしら…とミラルドは目を伏せた。
「…先を越されるとはな」
シチュエーションを色々考えていたんだがなどと独り言が聞こえ、暫くして…

「これを。ミラルド、お前に…」
何処に隠していたのか、クラースの手にあったのは、赤い薔薇と白い薔薇…ローテローゼとブライダルホワイトでしつらえた花束だった。
「…え?私に?」
「…他に誰が居る?」
そう言うとクラースは顔を耳まで赤く染め。照れ隠しにそっぽを向いた。

――赤い薔薇と白い薔薇で構成された花言葉…。確か…
花言葉を思い出し、ミラルドも頬を朱に染め、そして…

「…ありがとう、クラース…」
花束にこめられた意味に深く感動したミラルドは、溢れる涙をそのままに。

「…おいおい、ミラルド…」
ぎゅっと、クラースに抱きついていた。

HAPPY HAPPY ROSEDAY,幸せな1日を。

了。

2012年5月10日初出。
5月14日のローズデー用にTOPからノマカプで、クラミラSS。ツイッターでローズデーのことを知り、書いたもの。当時ちょっと甘くしようかと頑張りましたが、どうしてもギャグに落ちてしまいがちですすみません。でもクラースさんとミラルドさんっぽさを感じていただけたら嬉しいです。