風呂に入りたい。風呂風呂風呂。風呂に入りたい。ぶつぶつ繰り返しながら、眉間に溝を掘っている。やばい、やばすぎる。

何がやばいというのか。
それは…。

女神が守護するここ、聖域にて教皇補佐を務めている黄金聖闘士
ジェミニのサガが。
教皇の間でここ1週間は執務に明け暮れており、休息も満足に取れておらず
彼の大好きな入浴タイムが取れないほどの修羅場の日々を送っているからである。

「…なあ、かなりキテないか…?サガ…」
蠍座のミロは、同じく執務で同席していた水瓶座のカミュにひそひそと話しかけた。
「……ああ…」
カミュは、ミロの話に付き合いながらも手にはペンを握り。
さらさらと軽快に書類に筆を走らせている。

『風呂に入りたい。風呂風呂風呂。風呂に入りたい』とぶつぶつ繰り返しながら、眉間に深く溝を掘りつつ一心不乱に書類を決裁しているのはサガ。
そう、ぶつぶつ独り言を繰り返しながら執務を執り行っているのである。
それははたから見れば異様な光景であった。

「…やばすぎるよな…。精神的に結構キテル…」
「…ミロ。お前も少しは書類の決済を進めたらどうなのだ」
カミュははあ…とため息を一つつく。
「サガを気遣うのであれば、我々も黙々と執務をこなすべきだ」
「そうだけどさあ…!なんていうか…そろそろ出てきちゃいそうじゃないか?」
「……?」
何が…?と言いたげにカミュはミロを見やる。
「……あ」
ミロはというと、こっそり観察していたサガの様子が更におかしくなったのに気付いて間の抜けた声を出していた。

 サガの髪先が黒く染まりかけているのである。
「…まずい…」
ミロとカミュは同時に同じことを思っていたが後の祭り。

「…ええい!やっておれぬわ!!
教皇シオンはどこに逃げおったのだ!!」
ダンッ!!!!!

髪が真っ黒に染まり、目が充血したサガは態度が豹変していた。
かつて聖域を謀っていた時の人格が降りてきてしまったのである。

大方、オーバーワークにより普段のサガの人格はダウンしてしまったのだろう。
無理もない。聖域全体の執務・書類の決裁をこなしていたのだ。
補佐故、雑務もありシオン教皇の作業量を上回る量だ。

「おのれ…かくなる上は…!」
ぎりりとこぶしを握り締めサガは歯噛みする。
「さ、サガ…!!何を…」
不審な素振りを見せる彼を見てミロは慌ててサガを止めようと席を立ちあがる。
「もう我慢ならぬ!!!私は今宵は自宮に帰る!」
そういうやいなやサガは書類をまとめ上げ、急ぎの決裁が必要なものは手に持ち
執務室を後にし、十二宮を下って行ったのであった。

 その場に取り残されたミロとカミュは唖然としている。
「……行ってしまった」
「…急ぎの書類は持っていくあたり、律儀というか…」
お互いに顔を見合わせながらも、シオンに再び謀反を起こすわけではないしと
とくに咎める事もなく、自分たちも残務処理を済ませて早く自宮に戻れるように
とペンを走らせる作業に戻って行った。

了。

2015年4月15日 初出
Twitterのハッシュタグ #フォロワーさんに書き出しの一文をもらって文章を書く
というものに参加しプライベッターに公開後pixivにサルベージしていた短編になります。フォロワーさんから頂いた書き出しの一文は「風呂に入りたい。風呂風呂風呂。風呂に入りたい。」でした。