オイラ、アッペンデックスの貴鬼。

普段はジャミールってとこで、ムウ様の元で聖衣修復の修行してるんだ。
今は聖戦も終わって、難しい事はまだ良く分かんないけど、平和になって。
地中海沿岸に位置するギリシャにある、聖域の白羊宮で日々ムウ様から師事を受けてるんだ。
でも、平和になった…のかなあ?

ムウ様の所に、頻繁に修復依頼が来るんだ。

 誰のが一番多いかっていうとね?

「…すまない、ムウは居るか?」
あ、ご本人のお出ましだ。
「ムウ様なら今は外出中だよ?」
オイラは、申し訳なさそうに白羊宮の私室に入ってきたサガにそう答えた。
「そうか…弱ったな」
彼は心底そう思ってるような顔をしている。
「…また、聖衣の修復?それとも調整?」
「…う」
そう言うとサガは、言葉に詰まってしまった。

 そう。聖衣修復の依頼が一番多いのがこの人、双子座のサガだったりするんだ。
ムウ様が「二人とも喧嘩するのも程々にしてもらわないと困りますねえ…」って、なんだか
怖いくらいな微笑みを双子座のサガとカノンに向けていたのを見たことがある。

 オイラはここに来てまだ日が浅いから、ムウ様と老師以外の人の事は良く分からない。
あ、星矢たちは別だよ?星矢たちとはたまに一緒に遊んでるんだ。

ああ、話がそれちゃった。
それで…。このサガという人は、以前は二つの人格があったらしいんだ。
十二宮の戦いの時には善と悪の心に苛まれていたんだって。

オイラはその怖い方の人格の時のサガには会ったことがないんだけども。
星矢曰く。金髪が黒髪に変わった途端容赦がなくて物凄く強かったんだって。
ああ、そうだった。小宇宙は感じたことがあったっけ。十二宮で。

 …あの小宇宙を感じたときはオイラも確かに怖かったなあ…。
ムウ様のそばにいててもとっても怖く感じた。

でも、今はその怖い方…髪が黒くなったサガには会ったことはない。
「ねえねえ…オイラどうしても気になるんだけどさ」
「…?」
オイラは、サガに聞かずにはいられなかったんだ。
「……なんで修復や調整が必要になるほどカノンと喧嘩するの?」
…単純に、オイラが気になっただけなんだけどね。
「ムウ様からこの前、笑ってはいたけどこわーいオーラが出てたよ?」
「ぐっ…」
痛いところを付かれたのか、サガは言葉が続けられない。
「ねーねー、なんでなんだい?オイラ気になるよ~…」
サガの足元に歩み寄り、貴鬼は尚も問いかける。
サガは長身。188cmもあるため貴鬼は彼を見上げる形になって。

「……他愛もない切欠だ、気にするな」
心なしか、サガの口調が変わったように貴鬼は感じた。
「…?」
どうも様子が変だ。そういえばサガは毎日執務に追われてるとか聞いたことがある。
疲れてるんだろうか?

 そう思って声を掛けようとしたときに貴鬼は気付いた。
――…髪が黒く染まりかけてる。
初めて、怖い方のサガに出会った瞬間だった。

「執務で毎夜深夜に帰宅、そこに些細なきっかけもあれば喧嘩など容易く発生もするわ」
ドカッ!と。白羊宮に備え付けのソファーに座り込み。

彼は完全に黒髪、目は碧眼が朱色に変わっていた。
「…!!」
そのオーラに貴鬼は息をのみ。十二宮の時ほどの恐怖は感じなかったがそれでもやっぱり怖さが勝っていた。

 ――…どうしよう、怖い方呼びこんじゃったみたいだ

まだ幼い貴鬼にはどう対処したら良いかわからずおろおろしていると。
目の前のその人は微かに笑み。
「……またアテナ等に浄化されてはかなわんからな。安心しろ、手は上げないでおいてやる」
そう言い彼はふう…とため息をついた。

「…相当、疲れてるんだね」
「まあな。善の方は生真面目すぎるが故に限界に達する。そうなれば私が出るなど容易い事」
だから、静かにしていろ。

 背もたれに身を預けながらサガは貴鬼に話しかけた。

「双子って、意見が合わないもんなのかい?」
「時と場合による。…静かにしていろと言ったはずだが?」
ギロリ、とサガは貴鬼を睨み。
「静かにしていればじきにサガが目覚める」
そう言い、彼はソファーに深く凭れ掛かり。

 いつの間にか静かな寝息が聞こえてきた。
「………」
――…どうしよう、オイラ、ムウ様が帰ってくるまでこのまま怖い方と居る事になっちゃった…。
それと、ケンカの理由、はぐらかされちゃった…。

ムウ様、早く帰ってきて~~!
と、貴鬼は思わず小宇宙を通して懇願したくなる程になっていた。

 その後。
暫くして白羊宮に戻ってきたムウは。
黒髪になった状態のサガが私室のソファーにて休息をとっているのを見て。
「…また、兄弟喧嘩で聖衣の調整依頼ですか…」
ぼそりと呟いた。

了。

2014年9月21日 初出
この短編はプライベッターに公開していたものをpixivにサルベージしておりました。
2014年9月21日にTwitterにて参加した#聖闘士書き手一週間一発勝負 お題『2つの面を持つ男』『地中海』で書いたものになります。
今回サイトにサルベージするにあたり、当時のものを読み返してみて誤字や「ここはちょっと違うかな…』と思った部分を修正しました。