Destiny ~Catastrophe or Ribirth ~ 2

Novel

 ルキアは神殿をあとにしてからすぐさま、リリアの要望通り、一時的な封印具を作ってもらえないかという依頼を叶える為に父の工房へと足を運んだ。

彼の父は『巫女がお望みとあらば…』と、彼女の望みに適うものを作ると言って早速作業に取り掛かることにした。
ちょうど他のオファー分の作成が一段落した所だったのだ。

 リリアはというと、依頼をルキアに頼んだその後も巫女としての責務を全うしていた。

     第二章、守護宝石

「暇だなあ…。今日は謁見もなくて他にすることもない…」
今日は珍しく、日が高くなる時分だというのにまだ誰も拝謁に訪れていないのである。
普段なら、早朝から日が暮れるまで、時には宵の口にも宣託やカオス様に謁見しに訪れる者がいるのだけど…。

今日は違ってまだ誰も来ないのだ。…さすがに、仕事がなくてやることがない。
ただひたすら、占いをするだけにも…。依頼が無い事には限度がある。

「誰か話し相手いないかな…」
私はつい、一人愚痴をこぼしてしまった。

早朝から一人寂しく作業していたけれども、流石に集中力が途切れてしまった。

ルキアに守護宝石の製作依頼を頼んでから彼是二週間は経過していた。
「依頼、断られたのかな…」
とは言ってみたものの、彼の性格上、断られた時はそのことを伝えに来るはず。
それが何の連絡もない、イコール…
「……製作中…か」
私はぽそりと呟いた。

「なんのことですの?リリア様」
何とはなしに呟いた独り言にまさかの背後からの呼びかけ。

予想外の出来事に私は思いのほか驚いてしまった。
それはもう、己の背後に「ドキイイイイッ!!」という効果音が出るくらい。

この声は…

「び、びっくりしたー…。
な、なんだ、テラじゃない。驚かさないでよ」

あ、テラとはこの神殿に住み込みで巫女の手伝いなどをする世話女の一人。
彼女は16歳くらいの年齢で、世話女の中では最年少の子。
「何か後ろめたいことでもあるんじゃないでしょうね~?」
「何のことかしら?ナディア」
ナディア、彼女も世話女の一人。年齢は24歳くらい?
ナディアは一時は巫女を目指していた為、拾われ者の私が巫女になってしまったときにはそれは物凄く悔しがっていた。
追記するならば、その為、事ある毎に何かと口煩くいちゃもんをつけてくる。

「巫女ともあろう者が、心に隠し事があってはいけないのよ?
あんたそこの所、理解しているでしょう?巫女になってからもう6年も経つのよ!」
「あー、はいはい。分かってますよ」
ありゃりゃ、ナディアお得意のいちゃもん攻撃(口撃かも?)が始まっちゃったよ。
今日は短く済むと良いけど。

あ、彼女は基本的には真面目なんだと思う。ただ、巫女になったのが私だったから、悔しくて口調が厳しくなっちゃうんだと私は思っ
てる。本来はサバサバとした良い人なのだ。

「じゃあ話してみてよ。何を依頼したのか」
おお?!今日は短く済んだか?
「……ルキアのお父さんに私用の守護宝石を作ってもらえないかどうかを、ルキアを通して頼んだの」
「?なんでさ」
私の返答に小首を傾げるナディア。

私は、理由を知らないナディアとテラに、二週間前にルキアに頼んだときのことを打ち明けることにした。

「なるほどねえ…。確かにあんたの羽、感情に左右されて生えるから…」
「そうですわねえ…。リリア様のお考えは正しいですわね」
「で、私が呟いていたのはその事。お分かりいただけたかしら?」
私は満面の笑みを浮かべて2人に説明を終えた。
「はい、リリア様」
テラは納得してくれたみたい。良かった。ナディアはどうだろう?

返答が無い事に違和感を覚え、私は彼女を見やる。すると…
「―――…」
つまらなさそうにしていた。うん、何故だか、心の中で舌打ちしているのが見えた気がする。

そんな気はするけどもあえて触れないで置くことにしよう。

「ところで、今日は本当に誰も来ませんね、リリア様」
「そうねえ…。ほんと、誰も来ないなんてこと今までに一度もなかったのよねえ…」
珍しく謁見者が訪れないので、テラもなんだか落ち着かないようである。
「それにしても、本当に珍しいわ。外で何かあったのかしら。ねえ、リリア」
「…そうね。…外の様子見てみましょうか?」
私はナディアの呼びかけに応える形で水晶玉を取り出した。
この水晶玉で外の様子を映し出す。私の持つ水晶玉は特殊で、占い以外でもこういう風に使えたりする。

……ポウ………
青白く、水晶玉が光りだす。
すると、そこにはいつもの風景が映し出されていた。
「…別に何も変わった様子はなさそうね」
映し出した結果にいささか目が点になりかけた私は気を取り直して2人に声をかける。
異変がなくて良いことだ。うん。

「でも、もうお昼前ですのに…。
いつも来れるというものでもないという事でしょうか」
「…そのようね」
「だけどさあ…神殿に誰も来ないって言うのもこちらとしては暇よね。
やることないわけだし」

珍しい事態に、ナディアも退屈そうにしている。
「今日は誰も来そうにないわね。さてと!
あたし、昼寝してくるから。テラ、リリアの手伝い、あんたに任せるから」
そう言いつつナディアはひとつ大きく欠伸をしたかと思うと、そのまま居住区へと足を向け去っていってしまった。
「えっ?あ、はい」
急な展開にテラは一瞬呆気に取られ、ナディアにそう答えるのが精一杯だったようだ。
うん、気持ちは分かるよテラ…。私も呆気にとられちゃって何も言えなかったもの。
というか。あれ、真面目な筈じゃなかったかしら。あれ、私の思い違い…?

…まあ、今日は本当に何もする事が無いのよね。カオス様に謁見する事以外。
これは…仕方ない…のかしら。
「…じゃあ、そろそろカオス様の所へ伺いに行きましょうか」
「はい、畏まりました」
そう言うと私達は拝謁の準備を済ませて神殿の奥、謁見の間へと向かって行った。

謁見の間を訪れて拝謁を済ませた私達が神殿に戻ると、ちょうどそこへルキアがやってきていた。
辺りを見回してもナディアの姿は見えない。どうやらまだ寝ているのだろうか。

ルキアは私達を見つけるとこちらに歩み寄ってきた。
「やあ、お待たせ!出来たよ、守護宝石」
「ありがとう!…急なお願いですみませんでしたって、お父さんに伝えてもらっても良いかな?」
「うん、良いよ」
そう言ってルキアは手に携えていた小箱を私に差し出した。その中には、アメジストを守護宝石にあしらったシンプルでいて尚且つ存
在感のある封印具が入っていた。
「この守護宝石はピアス型だから。リリアが今つけている物を外して付け替えるだけですぐ使えるって。
魔力がピアスについている守護宝石に直接流れ込んで、ある程度力を封印するようになっているそうだよ」
ルキアは封印具の仕組みを掻い摘んで教えてくれる。
「分かった。今早速つけるね!」
私はつけていたピアスを取り外し、守護宝石製のピアスに付け替える。
すると…力が少しずつピアスに流れ込むのが分かった。
魔力が流れ込んでいく感じ…脱力感が分かるというか。

「効力が出てきたみたい。段々、脱力感が増してくる…」
「それが無くなれば守護宝石による封印が完了した証拠だって。まあ、少しの辛抱だよ」
ルキアの説明のおかげで大体の仕組みは理解した。だけど、さすがにこれはきついかも。疲労感が思った以上なのだ。
体力を回復させるのに時間がかかりそう。もしかしたら午後に拝謁に訪れる謁見者がいるかもしれないし…

そんな風に私が考えあぐねていると。
「あ、そうそう。父さんが言ってたけど、今日は仕事を休んだ方が良いってさ。
封印による喪失した体力の回復に時間がかかるらしいし」
今日は俺が、皆の代表でカオス様に謁見してくる事になったんだ。

こともなげに彼はそう言った。
「あと、君達も休んでいて良いよ。今日は毎日仕事をしている君達とリリアの休日だ」
ルキアがそう告げるとテラは「やったあ!!」と言わんばかりに表情を輝かせたかと思うと

「ナディアさんにも知らせてきますー!」
一目散に駆け出していった。

「…あんなに走って。余程お休みが嬉しかったのね」
テラの様子を見て私は微笑ましく見送る。無邪気で可愛いな。
「…君は?」
「へ?うん、勿論嬉しいわ。体力を回復させることが出来るのですもの」
ルキアの問い掛けにちょっと驚きつつも私は素直に答える。事実、この脱力感を抱えたまま責務は果たせないと思っていたのだ。
「そう言えば私達、毎日仕事していたのね…。よくよく考えてみれば、休む暇はあまり無かったんだっけ。 でも…私たちがお休みでカオス様のご機嫌を損ねたりしないかしら?」
「大丈夫!これからちゃんと訳を話してくるから。それに、たまの休日、カオス様もゆっくり為されたいだろうし」
心配要らないよ!とルキアは朗らかに笑うと私の頭を一撫でした。

…そう言われてみれば、カオス様も毎日毎日謁見しているのだから休日が無いのよね。
私達以上にお疲れかもしれない。

そうこう話しているうちに、脱力感が治まった気がする。
代わりに今、物凄く眠気が出始めてきたけど…。

「それじゃ、俺はこれからカオス様にお目通りしてくるから」
そう言ってルキアは謁見の間に向かいだす。時折こちらを振り返っては
「そうそう、ちゃんと居住区で休みなよ?」
眠たそうにしているのが分かったのか、彼はそう述べるとこの場を後にした。

……居住区へ…行きたいところだけれども…
この眠気にはちょっと敵いそうにもない…んだよ…ね。

あまりの眠たさにいつの間にか私は意識を手放していた。

静まり返った神殿の奥に、神と魔の両極性を持つもの、カオスは居た。
今日は巫女しか謁見に訪れなかったので、カオスも暇で仕方がない。

つまらぬなあ…。誰か側に居れば他愛もない話で時間を潰せるのだが。
生憎、巫女達は謁見の間を後にしている。この場に私しか居ない今、一人で喋っているのも無意味。
しかも、もし誰かが訪れてその場を見られたりでもしたら。

……ふ、考えただけでもぞっとする。

「さて…今日一日、どうしたものか…」
そう言えば、毎日のようにみなの話を聞いていたりしていたからやることはあまり無いような。
…久し振りに下界の世情を読み取ることにでもしようか?
これから起こり得るであろう大きな異変を早く察知することが出来るように…。

そうとなれば、人に化けて下界へ散策しに行こうか…それとも…

「カオス様、こんにちは」
これからどうするか思案に耽っていたカオスは背後から急に声をかけられた。

さしものカオスもこれには驚いた。大いに驚いた。彼の背後に効果音が見えるのではないかと言うほどに驚愕していた。
…まあ、主としての立場上、カオスは平静を装っていたが。

「おや、今日は巫女達以外、拝謁に訪れる者はいないのかと思っていたよ」
カオスは勤めて冷静な口調で拝謁者に問いかけた。
「お久し振りでございます、カオス様。
我等一族の守護宝石を創り出す鍛冶師の息子、ルキアにございます。
本日は、一族の代表で私が参拝に参った次第にございます」
…ほう?今日は一族の代表とな?
どうやら何かあったと見える。ルキアに訊ねてみることにしよう。

カオスはいつになく神妙な面持ちで拝謁に現れた彼に、事の詳細を話すように促すことにした。
「ふむ…。何故、代表でここまで訪れたのだ?話してみよ」
「はい、実は――――」
ルキアは、今に至るまでのいきさつを、時系列を立てながらカオスに語りだした。

―――数分後。
「ふむ。大体事情は分かった。それで、そのピアスの封印作用で巫女は著しく体力を消耗している故に
失った体力を回復させるのが好ましいわけだ。まあ…巫女はたった一人しかおらんからな。
疲れを癒すことが最優先ではあるな」
「はい」
ルキアの説明を聞き終えたカオスは、この日だけは珍しく謁見者が今まで訪れなかった理由を把握するに至った。
「大事な巫女だからな。今日一日ゆっくりと休むようにと伝えておけ。
帰り際にリリアの様子を伺うのだろう?ルキア」
「……はい」
カオスの問い掛けにルキアは一瞬瞠目し、何故分かったのか?とでも言いたげな面持ちで主君の面を見やる。
それに対しカオスは、むべなるかな、といった風情でうんうんと頭を振ると軽く笑み。
「まあ…私にも休日が出来たというわけか。
では、折角の休日、私もゆっくりと過ごすこととしよう。
ご苦労だったな、ルキア」
そう言うとカオスは、ルキアに退室を促すように言葉尻を終えた。
「それでは私は失礼いたします。
今日一日、ごゆるりとお過ごしくださいませ」
「うむ」
頭を垂れ、退室の挨拶を済ませ謁見の間を後にするルキアの背を眺めつつ

―いかにして余暇を過ごすか…。
…やはり、下界に散策しに出かけるとするか…

カオスは、一人思案に耽るのであった。

――所変わり、謁見の間に程近い回廊。
「…ふう…」
ルキアは、拝謁を済ませたその足で神殿の中にある大広間へと歩みを進めていた。
「カオス様の機嫌を損なうことなく済んで一安心だ」
リリアには心配ないと言いつつも、やはり少し気になっていたのである。
「それに、何より…」
そう一人ごちながらルキアは更に歩みを進めていく。

謁見の間から神殿の外に出るには、大広間を通り抜けらなければならない。
言い換えるとするならば、ここの構造は大広間を通り抜けらなければ、
外や巫女達の居住区やカオスの元に行けないのである。

言ってみれば『玄関のあとにはすぐに居間があり、居間から各部屋に行かなくてはならない』
という家屋の構造と似ているのだ。

「カオス様も休日が出来て喜んでいたしな」
そう言い終えて大広間に差し掛かるとルキアは歩くのを止めた。
「……?」
広間の中央に誰かが倒れているのが見えたのである。
「…あれは…。…!」
その人物を目視できる所まで歩を進めると、目を見張り。ルキアは慌てて駆け出していた。
「リリア!?」
倒れている彼女の側に駆け寄ると、リリアは昏々と眠っている。
どうやら、力を封印した事による疲労でそのまま広間で眠り込んでしまったようだ。

辺りを見回してみても、彼女の世話をする者たちの姿がない。
「―――仕方ない」
暫し思案した後。
「…よいしょっと…」
リリアを起こさないように優しく抱き上げると、ルキアは巫女の住居へと向かって行った。

(第二章、了)

 

オフライン初出:2002年1月14日・加筆修正2011年6月14日