Destiny ~Catastrophe or Ribirth ~ 1

Novel/

とうとう、ここまで辿り着いた…。

一年前、あの人から下界へ連れて来られて…。
あの遺跡から遙か彼方にある小さな村に私一人を残して去って行った。

あの人は「戻って来てはいけない」そう言い残して。

あれから一年…

良い思い出は何一つなく、辛く苦しいものだった。
ある村では余所者は村八分。無視されることが多々あった。

時には子供達から石を投げつけられることもあった。

元いた遺跡を求め、方々を旅して廻った。
それは、とても長い道程だった。なにせ、探し出すのに一年もかかった…。

だけど。
やっと見つけた。私が居た遺跡…。

その名は…カオティック遺跡という。

 

遺跡の中でも奥深く、神殿の最下層に私は居た。
その遺跡は、遙か昔に建てられた物で、神と魔の両極性を持つ者、カオスを崇める物だった。

そして、いつからか、その場所にとある魔族達が住み着いた。
その魔族達は、神殿のあるこの場所が気に入ったらしく、それからずっと住み着くようになった。
なんといっても、この神殿の守護神は、彼等魔族の主カオスと同一の存在だったのである。

そして、長い年月が過ぎ……この遺跡の入り口に、籠の中に入れられて女の赤子が捨てられていた。
その籠には名前が書かれていた。

――『リリア』――――そう、私である。

第一章、魔宮

私はその遺跡に住み着く魔族に拾われて、魔族として育てられた。そして月日が流れ…。
12歳の時に養父母から真実を聞かされた。

「これも我らの主、カオス様の思し召し。
そなたは神殿の巫女になるためにこの場所に遣わされたのであろう」
「そなたはこれから、神殿で暮らし、カオス様の巫女として仕えるのが一番良いだろう」

―――と、いう事で、遺跡の一番奥深くにある神殿に、巫女として仕えることになった。
それから6年。私は、人間で言えば18歳になっていた。

ある日、幼馴染として育った魔族の青年、ルキアがカオティック神殿にやってきた。

「ルキア、久し振り。今日は拝謁に来たの?」
「ああ。あんまり謁見には来てなかったからな。たまには良いかなと思ってさ。
滅多に参上していないのも、我らの主、カオス様の気分を害してしまいそうなんでな」
「そんなことはないと思うけど…」
『やれやれ』といった風情で茶化しながら言うルキアに、私はそう返した。

「それに…」
「?」
「あまりにも拝謁に訪れないようではそのうち罰が当たるぞって皆が口々に言うもんだからさ。
じゃっ、行ってくるよ」
少しおどけた素振りでそう言うと、ルキアは謁見の間へと向かって行った。

「うん、行ってらっしゃい!」
彼のその仕草に吹き出しそうになるもなんとか堪えた私は去り行くルキアに声をかける。
その言葉に答えるかのように彼は手を上げ軽く振り、奥へと消えていった。

それにしても…ルキアって、定期的に神殿には来てるけど、カオス様には会ってなかったのね。
どうしてなんだろう?
…でも、しどろもどろに話を続けるルキアってなんか…

可愛いかも。あ、笑いがこみ上げてきそう。

占術にいつも用いる水晶玉を見ながら、暫くボーっと、本当に、ただ何気なく眺めていただけなのだけど。

「?何をしているんだい?」
いつの間にか背後に聞き覚えのある声が響く。そう、先程まで談笑していた彼の声。
「―――!!」
考え事をしながら眺めていたから、私は近付く気配に全く気付かなかった。

いや、本当に。急に声をかけられたものだからびっくりして…

ばさああぁぁぁぁっ!!
「あっちゃあ…。すまん、驚かせてしまったか」
ルキアは、しまったといったような面持ちで私の頭を軽く撫でた。
私の背中から一斉に翼が生えてしまったのである。

人間でもある私に何故このような翼があるのかというと、この神殿に住む魔族には、
人間に魔族としての能力を分け与えることが出来るという特殊技能があるらしい。
この力は、人間を養子として育てているものが力を分け与えるといった事例があるらしく、
現に私も赤ん坊の頃に能力を分け与えられたのだけれど…。

羽が生えるというのは例外らしい。
能力を分け与えられた元人間は私のほかにもいるのだけれど、羽が生えたという事は一度もなかったらしい。
生えるとしても鳥のような羽ではなく、例えるならばドラゴンの翼のようなものらしく。
私の養父母には羽毛の翼などついてはいないし…。

「怒っているのかい?」
どうやらルキアは、私が考え事をしている姿を見て、黙り込んでいるのは怒っているからだと思ってしまったみたい。
「ううん、怒ってはいないよ。ただ、かなりびっくりしただけ」

私の羽は、びっくりしたり完全に怒ったり(いわゆる『堪忍袋の緒が切れた』状態というもの?)
とにかく、感情に急激な変化が起きると一斉に生えてしまう。
まあ、暫くすれば羽は引っ込むのだけれども。でも、急激に変化してしまうからかなりの体力を消耗してしまうのよね。

「そう?ならいいんだけれど。
ところで、水晶玉で何か予知できたのかい?」
「ん?ああ、ただなんとなく見ていただけだから予知とかはないよ?」
「そうなんだ?」
「うん、そう。…そういえば、ルキアのお父さんって、守護宝石を造っていたよね?」
守護宝石とは、護符であったり封印具であったり用途は様々。宝石や鉱石を魔力で加工したもの。
細工師の腕によっては、細かい細工も施されていたりなどする。

「え?ああ、うん。そうだけど。どうかしたのかい?」
突然どうしたんだ?というように首を傾げつつもルキアは私の尋ねに答えてくれた。

「あのね、感情の急激な変化で羽が生えると体力をかなり消耗して凄く疲れちゃうの。
魔力も、回復はするけれども多少は消耗しちゃうし…」
「うん、そうだね」
「それでね、魔力がいつまで経っても安定しないの。
占いで支障をきたすと困るし…」
私がよく行う占術は、魔力を使いながら水晶玉で予知したりをしている。
だから、ブレが生じると精度が下がってしまう。精度が低いと、宣託を受けに来た人にとっては困ってしまうわけだ。
「そうだね…」
ルキアは、私の言いたいことが段々と分かってきたようで、うんうんと相槌を打ってくれている。
「でね、この羽を一時的にだけど封印しておこうと思うの。それでね、ルキアのお父さんに私用の守護宝石の製作の依頼をお願いした
いのだけれど…。頼めるかなあ…?私は神殿から出られない身だし…」
私はちょっと申し訳なくも思いつつも、製作依頼を受けてもらえないかルキアに掛け合ってみた
実は、結構切実なのである。

「そうだな…。リリアの言うことも一理あると思うよ。
急激な感情の変化があるたびに翼が生えてしまっては大変だしな。
一時的に封じておけば魔力の消耗も激しくないだろうし…、逆に、力を蓄えておくこともできるしなあ」
おおっ?この状況は…!あともう一押しかしら?

「でしょう?それに、力を蓄えておけばいざという時に何かの役に立つかもしれないし、一石二鳥かなと思ったのだけど…」
「うん、分かった。じゃあ、これから父さんに頼んでみるよ。
日数はかかるかもしれないけど…。出来上がったら届けに来るよ」
「ありがとう!」
やったあ!なんとか製作依頼を引き受けてもらえそう!良かったあ…。

それにしても…。まだ体力・魔力共に回復してないみたいだなあ…。羽がまだ体内に吸収されないよ…。
―――困ったなあ…。まだこれからも仕事が残ってるんだよね。
さて、どうしたものか。

そう考えていた矢先。
私はルキアに包み込まれていた。それも、いきなり。優しくもあるんだけれども、力強く、ぎゅうっと。

「な、何?!ちょっ、ルキア?どうしたの??」
い、いきなりのことで、こういったときはどうしたら良いのかさっぱり分からない…!
抱き締められるとは思ってもみなかった。どうしよう、なんだか良く分からないけどまたドキドキしてきた…。

「無理しなくてもいいよ?羽が体内に吸収されていないってことは体力と魔力、まだあまり回復していないんだろう?
俺の魔力、少し分けてあげるから体力を回復させることに意識を集中させてな?」
「え?う、うん…」
ルキアの言っていることは正しい、というか全くもってその通りというか。はたまた見透かされているというか。
でも、急に抱擁されては余計にびっくりするというか…。

これは、暫くは翼、体内に戻せないかも…
(あはは…って、笑い事ではない…!)

「……」
「………」
「……………」

こ、この沈黙は何?!―――ちょっと、気まずい…なあ…。

――昔はよく一緒にリリアと遊んだ。けれどそれはお互い小さい頃だったからであって、異性とかの概念を持っていなかったから出来
た事。けれど…リリアは神殿の巫女として仕えるようになってからグンと綺麗になって…。
昔から可愛かったけれど、その可愛さにかかって…。今ではどうしても彼女を異性として意識してしまう。
物心がついた頃からリリアのことを異性として意識しないように両親に諭され、俺自身もそれを守ってきたけど…。

(―――ん?なんだろう…不思議な感じ。
…体力が回復してきたのかな?)
これは、ルキアのおかげかな?

「……」
「………」
――リリアは我等魔族の一員だ。けれど、元は人間。
ここに居ては、人間から魔族へ転生した他の者達と同様に寿命が短くなるだろう。
それよりは、普通の人としてこの遺跡の外の世界で出来るだけ長く生きた方が幸せなのではないか?
神殿での生活しか知らないままではあまりにもリリアが不憫だ。

……。神殿から連れ出して、人としての生活を彼女に送らせてあげたい。
俺は寂しいけど…別れるのはとても辛いけど…リリアの為になるのなら…。
どこか、神殿の世話女達やカオス様の手の届かない遠い地へ…。

(やはり、リリアはここに居ては…)
――――え?
(神殿の外の世界で暮らして…)
――――ええっ?
(どこか、神殿の世話女達やカオス様の手が届かないところで…)
――――??
(俺は寂しいけど…
――俺、やっぱりリリアが…)
――――なに?この感じ。これは……ルキアのエナジー?
それにしては、なんと言うか…。彼の心の声…というのかな?かすかにだけど、魔力と一緒に流れてくる。

「…ルキア?」
私は、どうにも気になってしまって、彼に声をかけていた。

「…え?」
「どうしたのルキア?何か心配事でもあるの?」
あまりにも思いつめたような表情の彼に些か不安になり、彼を見上げる形で問うてみる。
すると、ルキアは何かに弾かれたかのような顔をし、目線はどことなく泳いでいた。
「ん?い、いや、な、なんでもないよ。
それよりほら!羽が引っ込んだみたいだよ?魔力も体力も回復したみたいだね」
「え?…あっ、ほんと!これもルキアのおかげだね!ありがとう!」
疲労感もなくなった私は、魔力を分けてくれた彼に心の底から感謝した。
「どういたしまして。びっくりさせてごめんな?」
そういうと彼は腕を解き、私を解放してくれた。

その瞬間、不思議な感覚はなくなった。
うーん、どうやら、魔力を分けてもらっていた際に彼の思考の一部が私に微量ながら流れ込んできた、ということなのだろうか。
…この事は、黙っておいた方が良いよね、やっぱり。

「んじゃ、父さんになるべく早めに守護宝石を創ってもらうよ」
そう言うやいなや、彼は帰り支度を始めると踵を返した。
「うん、宜しくねー!」
「じゃあ、また後日!」
「うん!」

広間で別れの挨拶を済ませると、彼は神殿を後にし居住区へと帰っていった。

……あーあ、帰っちゃった。久し振りに会えたからもう少しお話したかったけど、仕方ないか。
でも、今日のルキア、何かあったのかな。いつもと違って様子が変だったような。

それに、あの奇妙な感覚。それと、かすかに感じ取れた彼の心の声。
あれは、一体なんだったのだろう…。
(第一章、了)

 

 オフライン初出:2002年1月14日・加筆修正2011年2月27日